横浜市中区関内の鍼灸専門院 「泉堂はり灸院」

電話番号

  • 横浜市中区万代町2-4-1 東カンマンション307
  • JR「関内駅」・市営地下鉄「伊勢佐木長者町駅」より徒歩3分

施術時間

診察日案内

施術時間割

 
9:00~11:45 隅田 隅田 × 隅田 隅田 隅田 平井
14:00~16:30 隅田 隅田 × 隅田 隅田 隅田 平井
17:00~19:00 隅田 × × 平井 隅田 平井 ×
19:30~21:30 平井 × × 平井 平井 平井 ×

※時間は予約可能時間です。
※月曜日と木曜日は院長診察は16:30まで。17時以降は副院長平井が担当します。
※日曜日の受付は16:30までです。
※毎週水曜日と毎月第2日曜日は休診とさせて頂きます。
※不定期で休診日がかわることがあります。詳しくは上記の休診情報をご覧下さい。
◎必ず事前にご予約をお取り下さい。(当日でも構いません。必ずお電話をお願いします!)

スタッフ紹介

院長 隅田 真徳

1963年 福岡県生まれ
1981年 神奈川県立外語短大付属高校卒業
1983年 学習院大学文学部を中退、東洋鍼灸専門学校入学
1985年 学業の傍ら 脈診流 巽堂新井はり灸院 へ入門
1986年 東洋鍼灸専門学校卒業 鍼灸師国家免許取得
1989年 巽堂を退社し、中国の上海中医学院(現 上海中医薬大学)へ留学
1992年 「中医師」認定取得。中国から帰国
1993年 横浜市中区 石川町に泉堂はり灸院開院
1999年 横浜市中区 関内駅前へ拡張移転
2015年 登録販売者取得 漢方薬店を併設

ご挨拶

私と鍼灸との関わりをお話したいと思います。私が幼稚園の時に母が婦人科の病気になりました。当時住んでいた静岡の日赤病院で手術を受けたのですが、なぜか術後の出血が止まらなくなってしまいました。 病院のベッドの上でシーツを血で真っ赤に染め、食事をすることもできなくなってしまったそうです。お医者さんも手を尽くしてくれたようですが、効果がなくそのまま退院ということになってしまいました。その時困り果てた我が家に下関の祖母が駆けつけ、「こういう時はヤイト(お灸)が良いんじゃ!」と言い張り母をさっそく近所のお灸の先生のところへ連れていったのでした。祖母は昔から大変鍼灸を信奉しており、「戦前のまだ良い薬がなかった頃、子供が腸チフスにかかった時も、ヤイトで治してもらったもんじゃけ。」と言っていました。

お灸の先生は大石先生という初老の方で、大きな和室の治療室でマジックを片手に患者さん一人一人の話を聞き体を診て、灸点をおろしていました。そしてわずか2回の治療で、母の出血は止まってしまったのです。その後半年ほども治療に通い母はすっかり元気になりました。父と母が驚き喜ぶ様子が強く印象に残っています。
私が大学へ進学後、将来の進路に悩んでいた時、ふとその時の様子を思い出し「やり甲斐のある仕事と言うのはああいう事ではないか。」と思い立ち、鍼灸学校への進学を決心しました。その時も「はり灸の仕事で一生やっていけるものなのか?」と疑問を持っていた父に、下関から来ていた祖母が「はり灸は病院では治せん病気を治すんじゃけね。この世から消えて無くなるはずのない仕事なんじゃ。」と言ってくれたものでした。あれから数十年経ちましたが、この時の祖母の言葉は今でも私の心に大きな道標として残っています。

鍼灸学校在学中に東京の高円寺にある経絡治療の名門「巽堂新井鍼灸院」へ弟子入りをしました。そこは鍼灸専門のとても大きな治療室で、プロスポーツの選手や芸能人も患者さんとして来ていました。 私が学んだのは脈診流経絡治療です。脈診を中心としたと日本鍼灸の独特な繊細な治療法です。私は巽堂で五年間働いた後、上海で中国の鍼灸を勉強しましたが、今でもこの経絡治療が私の治療の中心です。

26才の時に時中国の上海中医薬大学へ留学しました。鍼灸や漢方薬等中国の伝統的医学を学ぶ為の国立の大学です。大学は上海市の南の外れにあり、周りには幾つもの大きな病院があります。この大学には龍華、曙光、岳陽という名前の三つの付属病院があり、私は大学で中医学の理論や診察法を学び、病院では実際の治療に従事し数ヶ月単位で何人もの先生に付いてその治療を学んでいきました。岳陽医院の周先生は最も印象深い先生です。特に体のマヒの治療がすばらしく、ある日本人の患者さんは3年前の事故が原因で下半身マヒだったのが、1年ほどの周先生の治療で立って歩けるようになりました。中国の鍼は日本のものに比べて太いのですが、こうしたマヒの治療には効果的です。
付属病院の先生方の多くは専門的な診療科目を持っていたり、特殊な鍼の治療を行ったりしていました。ダイエットの耳鍼(みみばり)専門の先生もいて、小さくて硬い植物の種を耳に貼るやり方で痛みも無く、効果を上げています。その他赤ちゃん治療専門の先生や、リューマチや慢性関節炎等のいわゆる膠原病専門の先生、又更年期障害などの婦人科一般や不妊治療を専門にしている先生もいます。上海ではこうしたそれぞれの分野の専門の先生に付いて、3年間中国の鍼治療と漢方薬を勉強しました。

29才で帰国後はJR石川町駅の側で「泉堂はり灸院」を開業しました。6年後には関内駅前へ拡張移転。また帰国後は一貫して鍼灸学術団体「漢方鍼医会」に属し、古典鍼灸の復興と発展を目的として全国の同士の先生方と常に勉強を続けています。宜しくお願い致します。

平井 貴大

1985年 大阪産まれ
2008年 湘南医療福祉専門学校卒業
鍼灸師免許取得

ご挨拶

皆様、はじめまして平井と申します。私は小学生の時に大病を患い、その時に医療スタッフにとても助けていただいた経験から人の役に立つ医療の仕事をしたいと考えていました。高校卒業を控え自分には何が出来るか考えたとき、私が幼いときに祖父母や母の治療をしていた鍼灸師の先生の事を思い出しました。その先生はいつも笑顔でやさしく話を聞きながら、治療をしていました。治療の後はいつも「すごく楽になった!」と祖父母も母も言っていました。
そして、あの先生みたいになろう!と鍼灸学校に入学しました。鍼灸学校では様々な治療法を知ることができましたが、どの治療法が良いのかわかりませんでした。無事に鍼灸師の免許を取得し、働いていましたが、数年後突発性難聴となり悩んでいたときに泉堂鍼灸院で「漢方鍼治療」にめぐりあいました。漢方鍼治療は身体に優しく温かい治療法でした。治療をしていくうちに、3歳からあったアトピー性皮膚炎も改善していき、この治療を学びたい!と強く思うようになりました。
その後当院で働くようになり、鍼灸治療で笑顔になっていく患者様を見てこの仕事に就けた事に最高の喜びを感じています。そしてこれからは、私自身がしっかりと患者さまのお話を伺い笑顔になっていただけるように精一杯努力して治療させていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。

長谷川 太郎

長谷川太郎

長谷川太郎

1981年 神奈川生まれ
2015年 神奈川衛⽣学園専⾨学校卒業
資格 はり・きゅう師国家免許
登録販売者

ご挨拶

皆様、初めまして。
私は、会社員を経て鍼灸師になりました。
営業の仕事でとてもやりがいを感じ、満足していました。そんな時、東日本の震災が起こり、その影響で会社の仕事が減り転職を考えなくてはならない状況になりました。次の仕事を考えた時に、自分自身に何か技術を身につけて人の役に立つことをしたいと思いました。テレビで避難所生活をする被災者の方々にマッサージ師がボランティアで施術してる姿を観た時に「これだ!」と思い、学校に入りました。
学校で脈診による鍼灸という治療を学びました。脈をみることで、体の状態がわかる東洋医学の魅力に引き込まれ、鍼灸の可能性をとても感じました。
そして「漢方鍼治療」に出会い、この治療で症状が改善され、笑顔になる方々の姿をみて本当に鍼灸師になってよかったと思っています。患者様それぞれの症状や辛いお悩みを聴き、体調・体質を考え一人一人に合った治療をおこなうよう心掛けています。
皆様が健康で充実した生活を送れるよう日々精進し、努めさせていただきます。
よろしくお願い致します。

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