横浜泉堂鍼灸院の鍼医ブログ

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漢方鍼医会の脈診01

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医道の日本投稿 「漢方鍼医会の脈診」:平成28年9月号より

漢方鍼医会会長 隅田真徳

略歴

1963年 福岡県生まれ

1983年 東洋鍼灸専門学校入学

1985年 東京高円寺の巽堂新井はり灸院 へ入門

1986年 東洋鍼灸専門学校卒業

1989年 巽堂を退社

中国の上海中医学院(現 上海中医薬大学)へ3年間留学

1992年 同校卒業。中国から帰国
1993年 横浜市JR石川町駅前に「泉堂はり灸院」開院。同時に漢方鍼医会入会

1999年 横浜市JR関内駅前へ拡張移転

2016年 漢方鍼医会 会長就任

 

 

Ⅰ.脈診総論 本会では長年素問・霊枢・難経といった原典諸篇を教科書として古典に基づく鍼灸治療の構築を目指して学習を行ってきた。今回お尋ねの脈診についてだが我々の行う「漢方鍼治療」の臨床において六部定位脈診は大変重要な位置を占めている。まず精気の盛衰、臓の虚実、邪の種類の鑑別といった診察を通して選経、選穴を決定する手段であり、又自分が行った一つ一つの手技の適否を判断する基準である。大海を征く船乗りにとって港に帰りつくためには各種のナビゲーションが欠かせないように、治療を良い結果に導く一筋の光が脈であり、我々が脈診にこだわる理由はそこにある。本来脈診は膨大な内容を基礎とするものだが、今回はページの都合等有り、簡略的に解説していくこととする。

 

Ⅱ.各種脈診法

1.胃の気脈診

胃の気とは生命を維持する力であり、また生命力そのもののことである。古典にも「胃の気有る者は生き・・胃の気少なきを病という・・胃の気無きを死という」とあるように、まずは患者の生命力の充実具合を観察することで、病の軽重、治療ドーゼの適応、予後の良否等を推し量る。

胃の気豊かな脈とは菽法に適った寸・関・尺三部の並び、穏やかな和緩と艶を帯びた脈状の中に季節への柔軟な適応を感じさせる生き生きとした感じであろう。こうした理想的な状態から遠ざかるほど胃の気が少ないとして判断する。

胃の気の充実は脈診だけで伺いうる事ではない。望診においては顔色や肌の艶、聞診においては声の艶や大小、切診でも皮毛、肌肉の艶と柔軟さは有力な判断の材料であるし、問診においてハキハキとした応答や前向きで積極的な思考があればそれも胃の気の充実として捉えて良いと考える。

実際の治療の流れの中では胃の気が治療開始の時点よりも充実することを基準としてその日の治療終了の目安としたり、本治法で整えた胃の気のある脈状が崩れない程度に標治法を終えるといったドーゼの指標でもあると捉えている。

鍼灸聚英にみる心の病症と配穴07:まとめ

ー平成24年8月 漢方鍼医会夏季学術研修会における発表よりー

問:隅田先生は臨床的に心虚証を証明され、臨床で、使っていらっしゃると思うので
すが、そこに至るまでのこと、「心虚証」という考えに至った経緯を教えていただき
たい。

隅田:そもそもは、本治法の際、主証としていきなり「心、心包」を触るということ
は以前から一部の会員の中で行われていました。私も以前にある先生から治療してい
ただいたときに心包から腎と行き、とても結果が良かったことがあり、それ以来、強
く関心を持ち実践してきました。その先生によると「こういう事もあるということ
さー。あはははー」ということで、やはり「心に虚無し」の呪縛が強いのか、それ以
上理論的には踏み込んでいないご様子でした。テキスト編成の際に、中国では「心に

虚無し」いう言葉が無いこと。中国古典では心、心包の経穴を積極的に用いているこ
と、国内の古典鍼灸家にも心虚証の存在を既に認めている人が結構いることなどが話
題となり、本会も、いつもでもこのままでは良くないだろうと思い発表に至りまし
た。昨年の発表に関しては、詳しいことは『漢方誠医30号』に掲載されておりますの
でご覧下さい。
まとめ
治療をしていて一番多いのは、腎との絡みだと思います。池田政一先生は、心は
「腎虚心実」しかないと言われていました。心独自のものよりも、やはり腎との関係
だと思います。加齢とともに腎虚になり水が枯れてくると、自然と体は熱を持ちやす
い状態となり、水火の交わりが出来なくなり、熱は益々高ぶった状態になります。こ
のように、徐々に熱症状になります。今までの本会の理解だと、「これは陰虚であ
る。虚熱が上がっている。」と判断します。そして、腎をどうするのか、肝血を潤
すのかというような判断をしていたと思います。

しかし、色々な文献を読んでみると、この方法だと片手落ちの印象があります。熱が上がって来ているという時は、その熱に対処する必要があります。清熱をするという直接的な対応も必要だと思いま
す。薬方の方では、そのような薬は非常に多くあります。誠灸でそれを行うならば、
心を潟す方法です。ですから、今まで心熱ということが分かつていても、それは腎水
を補えば自然と治まるということで、腎で心をコントロールしていました。しかし、
心を潟すことで、その熱が腎陽を補っているように腎をしっかりさせていきます。そ
して、加齢とともに衰えてきた腎の陽気も活発になると思います。その結果、腎水も
補われるということです。

そのカギは、「心は腎を支配する」ということです。原文
では「心主腎」とあります。この考え方が、実際の臨床の中では多いと思います。病
証としては、腰が痛い、足が冷える、頻尿などに対しては腎の弱りである。一方で胸
に熱を持っていて、眠りが浅い、頭痛などのように熱の症状を現している。この熱と
いうのは、冷えに比べて「これは心の熱である」とか「この熱は肺の熱である」とか
判断がしにくいものです。このような症状は、どこの熱でも現れる症状だからです。
熱は上に上がってくれば熱なのです。どこから上がってくるかとか、関係なく悪さを
するわけです。非常に分かりにくいですが、足が冷える症状や腰が痛いといった腎虚
の症状に対して、心から手を付けたり、心だけに手を付けた方が良い場合が、非常に_
多く隠れていたと思います。私が調べた結果では、この「心主腎」は『素問』『霊
枢』『十四経発揮』にも書かれていないもので、私の臨床の中での実感として特徴的
なものだったということを強調しておきます。

鍼灸聚英にみる心の病症と配穴06:心虚証

ー平成24年8月 漢方鍼医会夏季学術研修会における発表よりー

問:心虚証という治療法があってもいいと、確かに思う。しかし、今までの経絡治
療に置いては、当日の説明では江戸時代から心虚証は避けられていたのに、脾虚証と
して心包経を一緒に用いるなどして治療はされていたことになります。対処できてい
なければ、その時代からも心虚証は採用せざるを得なかったはずです。それを今、心
虚証として取り上げる意味をもう一度説明してください。
隅田:我々は古典治療を標榜しているとはいえ、実際には常に過去の治療を見直し、
時代に即した新しい形に誠灸をリフォームし続けていると認識しています。不足を補
い、誤りを正すのに何も遠慮することはありません。もしも、過去の治療を改善する
必要がないというならば、鍉鍼のみによる本治法、気血津液論による弁証、森本鍉鍼
も手にすることはなかったのではないでしょうか。また、誤解もありそうです。江戸
時代に心、心包の経穴はあまり使われていないようだ云々というのは、私が『鋪灸緊
英』と『誠灸重宝記』を読み比べた時にそう感じた、或いは「何だかそんな気がす
る」という程度のことです。本当のところは全く分かりません。そう、ご承知下さ
い。しかし、例えどうであれ『鍼灸緊英』を読んで感じて頂けたかと思いますが、過
去数千年の鍼灸家達は、心、心包の経穴を実に様々な病に使用してきました。それ
が、今回の発表で一番大切なことかとも思います。本会の治療に心虚証を取り入れる
ことは、決して過去を否定することではなく、むしろ大きな意味での古典誠灸の大道
への回帰となるのではないか、と捉えています。そして、私が理事会で「心虚証を公
式に認めて貰いたい」といったのは、そうすることで心虚証の研究が進み、より良い
治療体型の完成が近づくと考えたからですし、理事の皆さんからもこれといった反対
がでなかったのは、諸先生方も同じ気持ちだったからではないか、と思っています。

 

 

鍼灸聚英にみる心の病症と配穴05:心包経

ー平成24年8月 漢方鍼医会夏季学術研修会における発表よりー

問:心経が後から足されたわけですが、臨床では心包経を使い、心経は使
いませんか。
隅田:心経は歴代の医家たちが、その後2千年にわたって使ってきているわけですか
ら、使う意義はあると思います。その研究は、まだ十分ではありません。ただ1つに
は、実際の心臓病が進行している場合に、心包経よりも心経を使った方が良い場合が
あります。このことに関しては意識しています。

問:資料の中では手掌の熱ということが、特徴的に何度も出てきています。「心、
心包」を使うときに、この手掌の熱と左手寸口と関上の脈状に、何か特徴的なものが
ありましたら考えをよろしくお願いします。
隅田:特に手掌の熱に限ることはありません。基本的な心の脈状である浮、大、散の
脈であれば良いですが、大きすぎる浮、大の脈状ならば、「心、心包」を使っても良
いとは思います。

問:実際の治療室では、虚熱がとんで心臓病のような症状を呈することが多いよう
に感じている。
隅田:動悸、心痛は心虚証が適応する有力な分野だと思います。しかし、心の経絡は
上焦の熱を下焦へ送る働きをしていますので、探せばより広く心虚証を適用できる
ケースを発見出来ると思います。
問:資料にあげられた症状(精神、感情、循環器、呼吸器疾患など)は、心虚証と
して1つずつ現れるものではなく、熱があれば全部まとまって出てくると感じてい
る。
隅田:熱がどこに由来するモノであるかを見極めるのは、必ずしも簡単ではありませ
ん。しかし、四診を用いてよく観察すればそれは可能だと思います。また、心虚証の
適応は心熱だけに限っているわけではなく、上焦に漂う諸熱に対して広く適応すると
思われますので、是非試みて下さい。
問:心包は使えるが、心経には中々踏み込めない。心、心包の使い分けの目安につ
いて、発表以外で具体的な事例があれば是非教えてほしい。(地方組織研修会でも、
臨床上でも心包を使う事はある。脾虚の時が多いが、精神、身体症状が多い時に心包
を考える。身体症状が多く心身症が考えられる時など)心臓部の詰まりなどを目安に
している。新テキスト記載の是動病、所生病欄「心包=精神症状の記載あり、心=臓
そのものの病記載のみ精神症状記載なし」など、精神症状の有無は心、心包の使い分
け目安になるのかとの話から。)

隅田:「心、心包」の使いわけは私もまだまだ研究中で、あの際に発言した以上の情
報はもっていません。私は、普通は心包経を触り、次いで心経を触ります。やはり、
心包経の方が使い勝手が良いかな、と感じている程度です。精神症状の有無は気を付
けてみてみます。その他、何か発見があればお知らせ下さい。宜しくお願い致します。

鍼灸聚英にみる心の病症と配穴04:出血症状

ー平成24年8月 漢方鍼医会夏季学術研修会における発表よりー

問:出血症状というのは、心との病理関係ではどのような病理考察をされますか。
隅田:私の考えでは、やはり熱との関連性を考えます。過度の熱が入ると出血しやすい傾向に
なります。鼻血や吐血であれば、肺を中心とした呼吸器系に熱が波及していると捉え、吐血で
あれば胃に熱を持ち過ぎていると捉えることができます。
さらに、婦人科の出血や大小便の出血も腸以下に熱が波及していると捉えます。江戸時代
の日本の本では、「心、心包」はほとんど使われていません。日本の誠灸師が「心、心包」

を使わなくなったのは、随分古いのではないかという印象を受けます。それで
も、出血症状に対しては「心、心包」のツボが羅列されています。例えば『誠灸重宝
記』でもその傾向があります。「心、心包」のツボは、出血症状に対して外すことの
出来ないツボだったようです。

問:心と肺は相剋関係にあり、相剋治療が当てはまるのではないかと話し合いをし
ていました。相剋調整の治療は、本会ではあまり行われておらず、本会流でいえば剛
柔治療が当てはまると思いますが、隅田先生はこのことに関してどのようにお考えに
なられますか。
隅田:これは、五行で理解する考え方と五行を外す考え方との違いがあると思いま
す。この呼吸器の場合は、症状に対してのツボの使い方だと思います。馬王堆漢墓か
ら出てきた書籍は『素問』や『霊枢』以前の書籍ですが、その中に「両手を交えて茫茫喘咳咳す」という症状が書かれています。これは、心の是動病として書かれていました。
しかし、『素問』『霊枢』においては、肺の是動病として書かれています。このように、
同じ文章が心から肺に移っています。このことに関して『素問』『霊枢』以前
は、肺と心の病理があまり分かつていなかったのではないかと言われています。しか
し、現在我々が使っている心包経を呼吸器の病気に対して使っていたという単純な捉
え方で良いと思います。そういった、中程度以上の呼吸器病には、積極的に使われて
いたという単純な捉え方で良いと思います。

 

問:「心と心包」がなぜあるのか。「心と心包」を使い分けるきっかけがありますか。
隅田:先ほどの馬王堆の話ですと、『素問』『霊枢』以前は十一経絡しかなかったわけ
です。十一経絡しかなかったのを、だれかが1つ足したわけです。現在、我々が心包
経として使っている経絡が経として使っている経絡が、当時は心経だったわけです。そして、我々が心経として
承知している経絡が、古代にはなかったのです。ですから『霊枢』の中でも、繰り返
し心の原穴は「太陵」と書いてあります。これは、1970年代になって古い文書が出て
きたら、古来の経絡は十一経絡しかなかったわけです。当時は、現在我々が使ってい
る心包経が心の経だったわけです。だれかが1つ足したわけです。11を12にしたので
す。11ではキリが悪いわけです。単純な医術だったところに、色々な古代思想、が入っ
てきたわけです。陰陽理論が入ってくる。五行思想、が入ってくる。八卦が入ってく
る。そして、12という数字が入ってくるわけです。古来中国の中では、時間と空間を
12で区切ったわけです。ですから、方向も12方向。時間も12の時間です。1年も12か
月。そして、経絡も11ではキリが悪いため、だれかが12にしたわけです。そのため、
最後に現在我々が承知している心経を入れたというわけです。