心虚証の研究・7「心虚陽虚証の治療例」

②治療例

患者 32才 女性
初診 平成20年7月
主訴 体質不良 うつ病
独身の会社員。半年ほど前に可愛がっていた犬が病死。それからは悲しくて悲しくてたまらなくなってしまったという。いつも犬の写真を肌身離さず持っており、それを見せては話している内に涙ぐんでしまう。夜の睡眠も浅くなり、朝になっても疲れがとれない。神経内科ではペットロスからくるうつ病と言われ、安定剤と睡眠導入剤が出ているが、薬を飲むと胃が痛くなるとのことで、あまりまじめに服薬していない。仕事には行っているようだが、上司にも心配されているらしい。今まで大きな病気はしていないが、元来虚弱体質で風邪を引きやすく、小学校の頃から欠席が多いとのこと。身長157センチで体重42キロとかなり痩せている。顔色も血色が無く、話す声もボソボソとか細く力がない。暑くなくてもいつも汗ばんでいる。泣いていると心臓のあたりが痛くなるという。母親が心臓病でバルーンの治療を受けており、自分も心臓が悪いのではないかと疑うが、検査してもまだ異常はないようである。

脈診:細弱 左手寸口虚
腹診:表面ざらつきつや無く、冷たい。心窩部力なく、汗っぽい。

病理考察:素因が虚弱にして心気が虚しやすい。愛犬の死をきっかけに神志の安寧を失い、心気が虚したため悲しみが心を満たし、その状態から容易に脱することができない。神志の不安定で睡眠も浅くなり疲労がとれない。元来心血の巡りが悪いので脾胃の造血も盛んではなく、肌肉が痩せ、血色が悪い。心血の巡りの悪さは肺の宣発粛降にも影響が及ぶので、呼吸が浅く、声に力がない。心の病は汗に出るので常に自汗している。母親が心臓を患っていることから見て、彼女もこのまま経過すればいずれそうした疾病を発病する可能性があると思われる。
治療は心気を強めることを目標に、心包経に衛気の補法を行います。心気が強められれば、神志の安寧が回復し、睡眠が改善し、疲労がとれ、悲嘆から立ち直る大きな助けになると考えます。

本治法:治療は霊枢の一連の記述に従い、厥陰心包経を使います。選穴は原穴太陵に衛気の補法。原穴はその蔵の精気を補うのに適した穴です。更に剛柔関係から膀胱経の合土穴委中に衛気の補法。反応があれば委中の代わりに委陽穴を取穴しても良い。委陽穴は三焦経の下合穴なので、三焦は心包と表裏関係にあることから考えても有意な取穴となる。
標治法:肩背に対しては深鍼はしない。軽い手技で表面の気を巡らすつもりで治療を行う。心悸が気になるのであれば内関穴に施灸をして心気を補助する。また臍への知熱灸で陽気を補うと良い。話したがっている事があれば、時間の許す範囲で傾聴すること。負の感情も他者に受容されることで解消に向かう段階があることに留意したい。