心虚証の研究・3「反証と疑問」

2.反証と疑問

同じ文章を読んでも皆が同じ解釈をするわけではありません。まして医学古典の解釈は古来多様であり、経絡治療界の解釈が古典医学の世界で必ずしも常識となっている訳ではないようです。

・まず古典の他の部分を読んでみるとどうでしょうか?
「霊枢・本神篇」には「心は脈を蔵し、脈は神を舎す。心気虚すれば則ち悲しみ、実すれば則ち笑いて休《や》まず、」とありますから、此に従えば、「心気虚」の存在はみとめられことになりますし、その中身もすぐに生き死にに直結する訳でもなさそうです。

次に難経です。難経は言うまでもなく、陰陽五行論に基づいた鍼灸治療の手引き書ですが、読んで気がつくことは、邪の変動や治療パターンの説明の際、心を例にとって説明していることが多いということです。

《十の難》一脉十変。「十の難に曰く、一脉十変をな為すは何の謂ぞや。~仮令ば(たとえば)、心脉急甚なる者は肝邪、心を干(オカ)すなり。心脉微急なる者は胆邪、小腸を干すなり。心脉大甚なる者は心邪、自ら心を干すなり・・・・」

その他四十九,五十,五十三,七十九難に同様の用い方が見られます。
一体に難経において五臓を羅列すら際多くは「肝心脾肺腎」が用いられています。(十六,三十四,四十,五十六、七十四難)
例外的に肺心脾肝腎(十四難)、肺肝脾心腎(三十七難)、肺心肝脾腎少陰(六十六難)と言う順番もあります。
いずれにしても心が一番最初にやってくるわけではありません。
そうであるなら、邪の伝変や治療パターンの説明に際して必ずと言っていいほどにわざわざ心を持ってくると言うことは何らかの恣意的なものがあるのではないでしょうか?
それが何であるかは分かりませんが、少なくともこうした記述の仕方を見ていると、古代の鍼灸家達が心のみを治療の対象から外すような解釈をしていたとは考えにくいように思えます。

・翻って中医学の教科書を見るとどうでしょうか?中医学の教科書は1960年代以後まとめられたものであるとはいえ、その中身は中国医学2000年の歴史を総括したものであり、主要な歴代医家の意見を俯瞰的に眺めることができると意味では大変便利なものです。
東洋学術出版の「中医学の基礎」では心病弁証の項で九つもの弁証があげられています。
(1)心気虚証 (2)心陽虚証 (3)心陽暴脱証 (4)心血虚証 (5)心陰虚証 (6)心火こう盛 (7)心血悪阻証 (8)痰迷心竅証 (9)痰心憂心証
ちなみに九つと言う弁証の数は五臓の中で最も多いものです。

臓腑相関弁証(多臓器との関連病症)の項では4つ。
(1)心腎不交証 (2)心脾両虚証 (3)心腎陽虚証 (4)心肺虚証

更に中医学の治療を述べた本では心病弁証は循環器疾患で広く使われている他に、うつ病やより重度の精神科疾患、不眠症、難聴等のストレス性の病気にも使われています。
こうしてみると古代から近世に至る歴代医家達も心を他の四臓と同じように弁証と治療の対象として扱ってきたことがわかります。