心虚証の研究・10「他臓腑との関係考察」

・心脾・・中医学の教科書には心脾両虚という証があります。心血の不足と脾気の虚弱がともに現れる状態です。多くは病後の不養生、慢性病の出血、思慮過度、飲食不節等により脾気の損傷を見た結果造血、統血の働きが衰えることが原因とされます。心悸、健忘、不眠、不正な出血を主訴とし、食欲不振、面色蒼白、下痢、便秘も見られる血虚の状態です。中医の教科書では不眠症の弁証として出てくることが多いのですが、その代表的な方剤(帰脾湯【済生方:清代】)の薬剤構成を見てみると多くは健脾、利湿を主とした脾気を高めるものが主であり、心に作用する薬は少数で、この方剤は補気によって血を生み結果的に心を養う事ができるという方意となっていることがわかります。我々の従来の治療でもこうした類型の患者像に対しては脾心包と補う六十九難型の脾虚証によって対処してきていると思われます。心悸、健忘、不眠といった心の変動による訴えが格別強い場合には先に心包を補う治療があり得るかもしれません。

・心肝・・心虚証六十九難で処理すれば木である肝をともに補うことになります。岡部素道先生も『鍼灸経絡治療』のなかで「肝と心の虚というのは現実にあるし、今後は作るべきだとおもいます。心虚証に木経を使うか使わないかの判断は、肝経も虚していれば使います。」と書いています。ネットで心虚証を検索してみると肝経を共に用いた治療例は容易に散見することができ、既に経絡治療界の一部では確立した選経となっていることが伺えます。心は血脈を司り、肝は蔵血を司ることから考えても両者を共に補う選経は理に適っており、心血を巡らせることに有意な治療であると考えられます。
又心と肝は協調して精神・情志の活動を司ります。その為精神的要因で起こる病変では両者はしばしば相互に影響し合っています。特に心熱と肝熱は共に急躁(イライラ感)、易怒、多夢、痙攣を起こします。我々の従来の治療ではこうした類型の患者像に対しては、七十五難型肺虚肝実証にて対処してきていると思われます。

・心腎・・心陽と腎陰は上下して交流することで体内の陰陽のバランスをとっています。その為心熱による病がある時は、同時に腎水の虚がある場合が多いのです。そのため薬方の方ではこうしたタイプの不眠、神経症の場合、慢性的なものに対しては腎陰を補う事を主とした上で心熱を冷ます薬剤を付け足した方剤(天王補心丸【世医得効方:元代】知柏地黄丸【医宗金鑑:清代】)を用いますが、心熱の症状が特に強い時期には苦寒薬を主とした方剤(交泰丸【韓氏医通:明代】)で直接熱を冷まそうとします。我々の治療でも心熱に対しては多くは腎虚陰虚証の治療の基に何らかの標治法を加えることで対応してきたと思われます。しかし心熱による主訴が強力な場面ではむしろ心虚陰虚を主証とし、時には腎経への補法を配する事で効果的に心熱を去らせることができると考えます。我々が今後心虚証の治療を研究発展させるに際してもっとも注目すべきはこうした腎の陰虚を伴う心熱病の類型ではないかと思います。