心の治療:2014:腎経は実する

 

十一月二十日前後の小雪から一月二十日前後の大寒までは腎が旺気する終の気になります。

この季節には心は癪の次のポジションに入ってきます。

この位置は「旺相死囚休」で言えば死のポジションであまり動きはありません。

治療に使いにくい。邪が流れてこない位置といえるかもしれません。

苞徳会の考え方で言えば死のポジションのの臓の話はあまり出てこない印象があります。

邪の伝変から言えば自然な話です。

 

この気の治療を理解する鍵は「腎経は実する」という事です。

我々の従来の理論では「腎に実無し」でした。それは「腎は先天の元気を宿すところであり、加齢等の原因で虚することはあるが決して実する事はない。」というものです。

この解釈は中国宋代の名医銭乙の「小兒藥證直訣」にある「腎主虚,無實也」から始まる伝統的な解釈で、これは中国医学でも今に受け継がれているものです。

八木先生は「腎臓は実しないとしても腎の経絡は他の経絡同様に実するものである」という解釈の元に腎経に瀉法を用います。

確かに言われてみれば腎経沿いは冷えてかちかちに堅くなっている人は良くいるわけです。私は「言われてみればそれはその通り」という感じで非常に素直に納得しました。

実している腎経に瀉法を行い経絡の通りが良くなれば腎臓の働きも一段と良くなるだろとそう思うわけです。