心の治療:2014:心熱の理解は疫病との戦いの歴史から.2

金元期に「内外傷弁惑論」を著した李東垣は1232年開封においてモンゴル軍の大軍に包囲された長期に亘る籠城戦を経験しました。その際「百万人が罹患して、毎日1000~2000人の死者が発生した疫病」に遭遇します。既に医者であった彼はその死者の多くが医術の力不足、医者の誤治によるものであることを痛感したと記述しています。この時の反省がその後の「脾胃論」に代表される名著につながっていったといわれています。

熱には古来より苦寒薬を多用する方法の効能が知られており、広く用いられてきました。苦味の気を下に下げる力が熱を冷ます力を持っているからです。重病時にはこれに痰を溶かす喀痰薬を配合して用います。(高熱が津液に粘性を持たせて痰となり、諸竅を塞ぐので・・・)疫病ともなればパニックになった人達が次々と患者を運んできます。そして医者達は成功率は低いながらも唯一のこの方法を繰り返すしかなかった。(酸味は苦味に及ばないが肝熱を収斂。)

その情景は2000年前に張仲景が六経弁証を編み出しても終わる事はありませんでした。

1000年前に李東垣が胃の気の重要さを説いても尚そうした情景が終わったわけではないようです。(※苦寒薬は胃の陽気を奪います。苦寒薬の継続的大量投与は病人の胃の気を衰弱させ、結果として病症の悪化につながる危険な処方でもあるわけです。)