心の治療:2014:心熱の理解は疫病との戦いの歴史から.3

さらに700年が経った18世紀前半、日本漢方の巨人吉益東洞が疫病(痘瘡・天然痘)に遭遇した時の情景が今に伝えられています。まず4才になる息子が罹患します。激しい苦しみのなか名医の父親の処方の甲斐なく亡くなります。

そして翌年今度は幼い娘が罹患してしまうのです。高熱を発し痘瘡独特の黒い斑点が全身に浮かび上がってくる娘を横に、東堂が「紫円」と名付けたその処方薬を準備していると、妻がやってきて「もうその薬だけはやめて欲しい」と泣いて止めるのです。(※この方剤には苦寒薬以外に激しい嘔吐を起こさせる薬と強力な下剤とが入っていました。患者は苦しみのあまりのたうち回り、しばしば気絶をしたと伝えられています。)

先年この薬を飲んでも助からなかった息子の服薬後の苦しみが見るに堪えなかったというわけです。しかし東堂は妻の手を振り払いこう言ってのけます。「娘の命は天命が握っている。死ぬのは天が見放したからである。この病邪にはこの薬こそが合うのだ」と。そして「紫円」を服用した娘は全快し、健康を回復したとの事です。壮絶の一語に尽きます。