心の治療:2014:巡る治療

 

さらには私の交際の範囲で言えば他の古典鍼灸の団体においてももはやそうした解釈が幅広く共有されている形跡はありません。そういうことを踏まえたうえで、心・心包に対しても特別な制限を加えることなく、他の四臓と同じように弁証と治療の対象としていくのが良いと考えているわけです。(内経学会、苞徳会、積聚会・・)

五臓の内の一つが使えなかったということは、単純に考えても20%が欠けていることになります。

六陰経の内の二つが欠けていたと考えると33%が欠けていた事になります。

これでは本来鍼灸というもの、あるいは五臓六腑の調整というものが持っている力、治療の効果ががそれだけ削がれていたとも考えられる、ゆゆしき問題といえるのではないかな、と考えています。

さらにいえば外邪論に基づく治療を行うことによって、これからは五行が巡るようになっていきます。

五行も本来は陰遁陽遁の原理のもとに巡るものです。しかし一つが欠けて四行であったならこれは巡ることが出来ません。

ですから今までの治療は四診の結果を鑑みた上で「これは肺かな、脾かな或いは肝かな」といったいわば二次元の動きしかすることが出来ませんでした。

五行は五つそろって本来の三次元の立体的な動きをなすことが出来るようになります。

これからは五行が巡ることを前提に病態を見ていく。そうすると「あの人はまだ肺の季節にいるようだ。この人は既に腎の季節へ移っているな。」そのような感じになっていくし、そうなっていくことで長年我々が学んできた内経、難経、傷寒論の諸編の記述が臨床の場により生き生きと再現される、ということになって行くだろうと思っています。